・子供とお弁当を持って公園に行った。
おかずをいれたお弁当箱とは別におにぎりを包んでいて、おにぎりを食べている隙にハトにおかずを盗まれた。
・盗まれたおかずは、鶏の唐揚・・・
・倫理的に問題があるんじゃないか。
・『動物のお医者さん』のヒヨちゃんのお見合い話がずっと頭に巡っている。あのハトもきっとカタギじゃなかったのだろう。
・正直、ハトごときに盗まれることがあるとは思わなくて油断していたと思う。あんなに香辛料や油たっぷりの肉を食べて、消化不良で具合悪くなったりしないのかな。逃げて行ったのでどうなったのか分からないけど。
・この間、テレビである男性に花束を贈呈するシーンで「男からですみません」という言葉があってかなりひっかかった。
・女性の方が華があるから、むさくるしい男から貰うより嬉しいでしょうにごめんなさい、という意味に捉えたからだ。
・女性の方が華がある、という発想はセクハラにつながるのではないか。
お茶出しは女性がやれ、という、昭和のエピソードに近い発想に感じる。
・自分自身が「女性であるから」という理由でそういった場に選ばれたこともあるし、もう少し素直にそれを受け入れている時期もあったはずだ。しかしそこから色々な意見を聞き、考え方を得て、約20年で私の倫理観はかなり変遷を遂げている。
・そうした部分が変化できることに少し安堵もする。できる限り公正であり、多様性を受け入れられる自分でありたいという考えを、アップデートできているような感覚があるからだ。
・おそらくこれは多くの人が感じることで、それによって世間の倫理観というものも形成されていく。LGBTQなどが多く取り上げられるようになってきて、性の多様化についてもどんどん議論や誤解、そして理解が進んでいっている。そのうち性別というものを公の場で公表するのもタブーになる時代が来るかもしれない。そんな未来はわりとすぐそこな気もする。
・そしてもちろん怖さもある。今私が感銘を受けている文章や本、アニメ、映画など数多の作品の多くは、現在多くの過去の作品がそうであるようにわずか数十年後の未来で「倫理観に乏しい」と言われる可能性が高い。その時、それらの作品を初めて見た世代とは絶対に感覚が違う。
・いつか私もふとした瞬間に「あ~令和な感覚だな~」と思われる言葉を発する。それは確実にする。でもできるだけその時の不快度を下げたいと思っているんだけど・・・無理かなあ。
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